このホームページでは、工具(例えば、趣味でつくるカスタムナイフなど)をつくる場合の材料選定に必要な事がらを読み物風に書いています。「材料特性」のページとあわせてお読みください。
昭和の末期頃までは、工具に使う鋼種もあまり多くなく、少し知識や経験のある方は、ガスバーナーなどで鋼を赤くして、水や油で焼入れして、そのあとに、軽く「炙って」焼戻しをして、小刀や簡単な工具を作っていた経験をお持ちかもしれません。しかし、現在、工具に使用される鋼種の多くは、焼入れ温度が1000℃以上になっていて、特殊な設備がなければ簡単に熱処理(焼入れ)ができなくなってしまっています。
そうなると、しっかりした工具にしようとすると、購入した材料を購入した業者や熱処理業者に熱処理を依頼する必要があるのですが、熱処理がわかりにくいために、おまかせ状態か、希望を言こともできないで困ったという方もおられるでしょうし、書籍で熱処理を勉強しようとすると、難解であるうえに、余分な内容が多くて、簡単に必要知識に辿りつける書籍も少なくて、困っておられる方も多いのではないでしょうか。
ただ、「硬くなればいい」のであれば、勉強も必要ありませんが、目的を持って、最高の熱処理をしたいと考える方に、荒療治的ですが、一つの考え方を示しますので、参考にしていただけたら幸いです。わかりにくいところは、読み流してください。
工具(例えば、カスタムナイフなど)を作ろうとした場合に、鋼種を決める必要がありますが、まず、どのくらいの硬さが必要かを考える事から始めましょう。
ここでは常温で使用する場合を考えますが、その最適硬さを決めることは非常に難しいことです。何も知識がない場合は、WEBや書籍にある「標準的な硬さ」を参考にするか、使用されている品物があれば、その硬さを参考にして決めるのが早道でしょう。
たとえば、ナイフであれば、経験的に 58HRC以上という標準硬さがあって、58HRCの刃物を作ったところ、それがすぐ切れなくなるようなら、60HRCに硬さを上げるということになるのですが、その材料を希望する硬さにできるかどうかが問題になります。可能なら熱処理で、不可能なら材料を変える・・・というように思考を展開することになります。
最近の鋼種は、粉末を使って製鋼したものや、特殊溶解することで今までの方法で製作できなかった成分のものや高性能の鋼種が流通しています。 「非常に高価だけれども、作る手間を考えると材料費の比率は小さい」と考える人や、できるだけ加工しやすい鋼種を探す人もいてもいいと思います。材料が多様であるのは、オールマイティーの材料が無いということかもしれませんので、自分なりの考え方で、使いやすい鋼種を「自分ブランド」にされればいいでしょう。高硬さの70HRCを「売り」にするなら、それもいいと思いますし、そうなると、少々の加工性の悪さも気にならなくなります。熱処理でそれらの調整が可能なところもありますので、自分ブランドを決めてやると、特徴を理解するのも簡単でしょう。それを念頭に、以下をお読みください。
一般的に、JISでは、炭素工具鋼・ステンレス鋼・工具鋼などに分類されているものを使用するのですが、工具に使う材料としては、メーカーの特徴を生かしてJIS鋼種ではないものがたくさん出回っています。また、外国のメーカーの鋼材も流通販売されています。(こちらにナイフ用の一例を示しますが、思いもよらない鋼種で製作される人もおられますので、これは、あくまで一例と考えてください)
JISでは「ナイフ鋼」「刃物鋼」という分類はありませんが、鋼材を製造しているメーカー(日本では「日立金属」「大同特殊鋼」などが有名)では刃物(ナイフ)に必要な基本要素の「硬さ・耐摩耗性・じん性・耐腐食性」などを具えた鋼材を、刃物用の鋼として製造されています。
材料の化学成分だけではなく、加工しやすいサイズが販売されているという「市場性」や、熱処理によるトラブルが少なく、成形性や研磨のしやすさなどを含めて選定することになりますが、個人の感覚で評価される場合も多いようですが、ここでは出来るだけ客観的にそれらの性質を紹介していこうと思います。
「刃物」といっても、ナイフや包丁のように刃先が鋭利なものから、当社「第一鋼業」の鉄鋼せん断用刃物のように刃先が直角の「強いことが生命」というものまで、非常に広範囲におよんでいます。ここでは、刃先が鋭利なナイフや耐摩耗性の高い工具をイメージして説明していきます。
「鋼種」はJISに定めた呼び方やメーカーがつけた独自の名前のほかに、通称などがまじりあっていて、その上に、それらが混同されて用いられていて、大変わかりにくくなっています。 しかし、流通している鋼材の多くは「メーカーが呼称する名前=メーカーの鋼種名」が多く、それをそのまま用いるのが無難で、メーカー名で呼ぶ習慣をつけていただくのがよいでしょう。
熱処理の際には、鋼種を間違うと大変なことになりますから、記号や数字を間違えないように注意します。
もしも熱処理の際に鋼種名を間違えると、商品をダメにするか、少なくともお客さんの希望で再熱処理する場合でも熱処理代を再度請求されることになってしまいます。
鋼材を購入した際には「会社名+鋼種名」を控えておき、途中で混ぜ合わせない工夫をして、そして、熱処理を依頼する場合には鋼種名を正しく知らせることが重要です。たとえば、「日立金属のATS-34」とか、「大同特殊鋼のカウリX」ということをはっきりと伝わります。
たとえば、JIS鋼種の「SKD11」は日立金属「SLD」、大同特殊鋼「DC11」、日本高周波鋼業「KD11」・・・などに対応していますが、各社のブランドは、JISに定めた以上に製品を吟味して製造していますので、その名前で充分に通用します。
鋼材を購入する場合は鋼種名を指定して購入しますが、この場合、扱っている材料屋さんも限定されます。
これは重要なことで、当社の製品のように、3m以上の製品に穴をあけたものを熱処理しますと、メーカーごとに変寸比が違い、メーカーが変われば1mm以上のピッチ誤差を生じるのは通例ですので、メーカーと鋼種名の一致は重要な場合も多いのです。(変寸率は、メーカーによって、また、製造方法や断面寸法によって明らかに差があります)
また、今でも昔ながらに「ダイス鋼」「ダマスカス鋼」「ゲージ鋼」などという昔ながらの俗称名で呼ぶ方もおられます。 その呼び名では化学成分さえも特定できないために一般の熱処理屋さんでは「熱処理をしてもらえない」というようにお考えください。メーカー名と鋼種名は重要です。
JISの基本鋼種であっても、各社それぞれの鋼種名が存在しますので、熱処理屋さんでもすべてのメーカーの鋼材の名前や特性を把握することさえも大変な状況です。当社でも、すべてを把握していませんが、市販されている材料であればメーカーに問い合わせることで、熱処理には支障はないでしょう。
ナイフなどの工具に使われる鋼には、水焼入れする「炭素工具鋼系」、焼入れ性を改善した「低合金工具鋼系」、合金元素を多くした「高合金工具鋼系」、耐腐食性を重視した「ステンレス系」、そして、通常の溶解製法では作れない成分系のために工具鋼粉末から製造した「粉末系」・・・に分類されることが多いようです。 後ろに行くほうが高価です。
メーカーからすると、炭素工具鋼系より、粉末系のほうが優れているというデーターを出しているでしょうし、希少価値を求めて、新しく、高価な鋼種に人気が集まるのは仕方がないと思います。
しかし、決して高価なものが性能が高いとは言えないことを理解していただいくことも大切です。刃物としての「ほしい特性」をとらえて、自分が気に入った鋼種を選んでいただくことがまず一番です。
とはいうものの、熱処理屋さんとしても「なんでも熱処理できる」状態ではありません。
たとえば、「日本刀の焼入れをしてほしい」と、それを持ってこられても熱処理をお受けできません。成分的には、炭素工具鋼ですから、熱処理的には800℃に加熱して「水焼入れ」をした後、160-200℃で焼戻しをすればよいのですが、テレビでご覧になったように、炭やコークスの中に刀を入れたときの雰囲気や水冷する水の状態などは、独特な状態にコントロールされたもので、神がかった作業といってもよく、品質を保証できるというものではないからです。
ところで、今日の熱処理では真空炉が主体となっており、その仕上がりの美しさから多くの人に好まれていますが、それは、鋼材の焼入れ性が良い鋼種が多くなってそれが使えるようになったためで、熱処理技術が上がったからではありません。鋼材の性能が上がったために、高度な「匠」の熱処理技術がいらなくなったためとも言えます。
このように、真空炉でガスによる冷却をするという、急速な冷却をしなくても「硬さだけはきっちり入る」という鋼種が主流になってきたために、設備さえあれば、熱処理はやりやすくなってきています。
熱処理の書籍を見ると、「鉄炭素系の状態図」がしばしば登場します。(熱処理の専門家になる以外は、これを真剣に理解する必要はないと思いますが・・・)
この、鉄と炭素の2元系の状態図に、何かの元素(たとえばCr)を加えると3元系になり、それを立体でつくることはできますが、それ以上の4元系になると表現できないし、変数が多すぎて実験も難しく実用性も少ないために研究が進んでいないようです。
現在の鋼は多くの合金を含む多元系になっていて、単純な図形でそれを表現できないものとなっており、これを解決するためには、焼入れ性やその他の温度や機械的性質の変化に着目して、それらで評価されています。(別に説明しています)
鉄鋼や合金は資源ですので、「フェロアロイ(合金鋼の原料)の供給問題」もあって、関心も高いと思いますが、加える元素は多ければいいというものではなく、それらを加えるとどうなるのかを少し知っておくこともよいかもしれません。
一部を紹介しますが、押さえておくべき大まかな要素は、合金添加量によって、
1)C量(炭素含有量)で硬さの最高値が決まり、0.5%程度が素地に固溶することで最高硬さが得られ、それ以上C量が増えても最高硬さは変わりません。しかし、炭化物として炭素が関係する場合は、炭化物量に応じてC量を多くして硬さが出るようにする必要があります。 ここで言う%は「重量%」で、中学時代に化学実験で使った「容量%」ではありません。
2)共析点や変態点などの温度が変化するので、加えていくことで熱処理温度を変える必要が出てきます。(特に Mo Si W など)
3)合金添加量で最高硬さが変化し、それに伴って強度(降伏・引張り・高温強さ)が増します。(特に Mn Si Ni Mo など)
4)焼入れ性が増します。(Mn Cr Mo など)
5)炭化物をつくることで著しく耐摩耗性を増します。(Cr Mo W V など)
これを見ると、多いほうがよいと思われるかも知れませんが、材料を作るときの問題や相互作用、劣化の要素などがありますので、鉄鋼の成分を決める場合には数多くの材料特性を試験して決定されます。
この評価方法も、構造用鋼材でよく見かける引張り試験や衝撃試験は高硬度の評価をするには不都合ですので、独特の方法(硬さと熱処理温度の関係・硬さと抗折力の関係・硬さと10Rシャルピー値との関係・・・など)で試験をされますが、最初に、硬さと温度(特に焼入れ、焼戻し温度)との関係を見ていくことが重要になっています。
それの詳細は、他の項目でも少しだけ説明しています。
上記(1)〜(5)については、説明は省略します。(ここを参照)
市販品は通常では鋼が最も柔らかい状態の「焼なまし材」の状態で販売されています。
ミルシート(鋼材検査成績書)には、通常 「***HB」(旧表示のまま、HB***と表示されているものもあります)のようにブリネル硬さで表示されていることが多く、その値が低いほど「柔らかく」「加工しやすい」という指標になります。
おおよそ250HBを超えると加工しにくいという感じが強くなります。
日立金属(株)の硬さ規格をみますと、炭素鋼系の「青紙」類では229以下となっており、加工しやすい値ですが、ダイス鋼のSLDでは248以下、ステンレス系のSUS440CやATS34などは272以下、ZDP189では321以下と高級(高額)な鋼材ほど高い焼きなまし硬さになっています。
これは、熱処理後の耐摩耗性にも関係していて、鋼材に含まれる非常に硬い炭化物の種類と量の多さや焼なましのしにくさ・・・などがこの数字に表れてきます。これらについては個々の項目で解説します。
「ミルシート」は「鋼材の検査成績書」で、あまり一般に見ることが少ないと思いますが、ここには、サイズ・化学成分・材料の焼なまし硬さ・熱処理試験結果その他の試験結果が記録されていて、材料メーカーは必ず発行しています。 しっかりとした材料屋さんではすべてを入手して保管されていると思いますので、機会があれば見られると面白いですよ!
加工時には、出来るだけ仕上げ代(しあげしろ)を少なくすることで加工時間を短縮することができます。しかし、素材の表面は圧延肌であっても平滑であるとは限りませんし、表面は脱炭などで変質しているかもしれません。(脱炭をしたものを熱処理すると、割れや変形が起こりやすくなります)
脱炭とは、製造過程で表層部の炭素が失われて、焼が入らない成分に変質していることを言います。たとえば日立金属(株)の規格で15mm厚以下の材料では0.25mm以下の脱炭量となっていますが、実績では0.1mm程度削れば正常な組織になっています。 しかし、鍛造したものでは1mm程度の変質した層が残っていることもしばしばありますので、購入する際にはそれを確認して、それを見越した材料を購入する必要があります。これは、購入業者さんに「仕上がり寸法」を伝えることで適当な材料寸法を選定してもらうことができます。また、適材がなくて、大きめの寸法になるとか、仕上げ代が小さいということも、事前に伝えてもらえるでしょう。
熱処理による変質については、真空炉やソルトバスのように「無酸化熱処理」と称されている方法で熱処理するようにしてください。これらの熱処理では、熱処理後の仕上がり肌や表面の色の違いがあっても、脱炭などの変質はほとんどありませんので、磨いて光っていれば正常組織になっていると考えていいでしょう。
こうすると、「曲り取り」と「刃付け」「硬さ検査の圧痕の徐去」などに必要な量の仕上げ代(しあげしろ)以外は考慮する必要は無く、逆に、大気中で熱処理する場合は、それを見越した仕上げ代を加味する必要がありますので、手仕上げするものは、特に、大気雰囲気で焼入するのを避け、熱処理価格は高価になりますが、ソルトバスや真空熱処理のような無酸化熱処理をするのが無難です。
自分で熱処理するのか、熱処理屋さんなどに依頼するのかを考えます。
カタログにある「適正焼入れ温度」が900℃程度以下のものは、都市ガスバーナーや豆炭などの固形燃料を使って自分で熱処理することも楽しいと思いますが、普通は、熱処理業者に依頼したほうが無難でしょう。
購入した鋼材屋さんの多くが、自社で熱処理をしたり斡旋したりしていますし、当社(第一鋼業)のように、WEBで熱処理を受注しているところがありますので、探してみるといいでしょう。
「鋼種」と少なくとも「必要な硬さ」が決まっていると、所定の標準熱処理をしてもらうことができます。
馴染みの熱処理屋さんが見つからなくても、鋼材屋さんが熱処理を斡旋したり、熱処理込みで材料を販売していたりして、不便や問題が生じることはありませんし、私の知る限りでは設備的、技術的にも問題のある会社はないようです。 しかし、個人的な要望を聞いてもらえない場合も多く、「おまかせ」で処理してもらえる便利さもある反面、「この材料はこの硬さ」というように画一的な処理をされている業者さんも多い様ですので、事前に確認しておくことが必要でしょう。
少し事情がわかってくると、やはり自分の味を出した品物を作りたくて、おまかせ熱処理ではなく、「もう少し柔らかくして欲しい」という要求を受けてもらえないために当社に依頼されるお客さんが何人か居られます。やはり、皆さんは、「手塩をかけた品物は、思い通りの熱処理をしてほしい」と思われるのは当然でしょう。
また、「この鋼種は、ほかの熱処理屋さんでは熱処理ができない」と言われるケースもあります。
不可解なことと思われるでしょうが、熱処理データはノウハウであると考える会社も多く、特殊な鋼種では流通販売経路が系列化されていることも多いために、鋼材を販売した販売店が熱処理を独占的に行ったり、メーカー・販売店などが鋼材成分や熱処理特性を公表しないで、個々に思惑を持ってユーザーの囲い込みをしていることもあります。
このような場合には、購入した販売店やメーカーが責任を持った熱処理をしてもらうことができると思いますので、硬さなどの要求条件と納期、価格などを含めて事前に打合せされたらいいと思います。 材料を購入するときに、熱処理についても考えておく必要があります。
◎最後に、全体的な性質について一覧表で紹介します。
H20年1月に銃刀法が改正され、H21年7月以降は刃渡り5.5cm以上の剣(両側に刃のついた刃物)の所持が禁止になっています。 所持している場合は、廃棄することを義務付けています。
それまでの銃刀法でも、刃渡り15cm以上の刀等の所持禁止されていますし、6cmをこえるものは携帯することを禁止されています。 そして、それ以下のものについても、軽犯罪法1条で「正当な理由なく隠して携帯すること」を禁止されています。
当社においては、法律の規制対象品や所持禁止にかかる形状のものは熱処理依頼を受け付けていませんので、カスタムナイフ等のナイフ類を製作し、熱処理を依頼される場合は、法律を順守していただくようにお願いします。事業や仕事にお使いの刃物類についても、銃刀法に関する届出対象のものは、そのお願いと確認をさせていただくとともに、品物の写真を撮らせていただくようにご協力をお願いしています。
当社では、すべての依頼記録、受渡しの記録、加工記録等を3年間保持しています。公的機関等から提示を求められた場合は法律に基づいて個人情報等を含めて開示する場合もありますので、特に、刃物類については、法の順守とともに安全に配慮していただくようにお願いします。(第一鋼業)
当社のお客様の作品です。