工具に求められる性質

「材料の選び方」でも説明していますが、いざ、何かをつくろうとして、工具に使用するする鋼材をどのように選んだり、「良い材料」を決定しようとすると、たいへん難しいでしょう。 
工具の種類、使う用途や目的も様々ですので、材料選定は「ノウハウ」とされる場合も多いのですが、ここでは、実用的な考え方の一つを説明します。

一般的に、工具に共通した望ましい性質を上げると、
・工具として、充分な硬さがある。(圧縮強さ・引張強さ・軟化抵抗)
・折れたり割れたりしない。(耐衝撃性・じん性・疲労強度)
・長持ちする。(耐摩耗性・耐焼き付き性・耐錆び性)
・加工しやすく、熱処理も容易(被削性・被研削性・快削性・放電加工性・溶接性)
・市場性が高く、サイズが豊富で、入手しやすく、価格も手頃

などがあげられます。( )には、材料特性を示しますが、これらの特性をすべて満たすものは見つからないと思いますので、優先順位をつけて選択していくことになります。そして、鉄鋼材料の場合は、熱処理によってその特性が大きく変わりますので、余計に分かりにくくなってしまいますので、基本事項を抑えて、時間をかけて良い材料を絞り込んでいくくらいの気持ちで考えるのがいいでしょう。

次のような観点から材料を選択する考え方もあります。
・少量生産用か長時間かつ大量加工用か
・金型が大きいか小さいか
・最高品質を求めるのか、オールマイティーか、当座しのぎか?
・材料費用をかけていいのか、安く上げたいのか・・・・

材料試験で評価できる、上の( )内の性質をすべて兼ね備えた材料(鋼種)は無いといえるのですが、加えて、工具については、JIS対応鋼種だけでは目的に対応しきれないために、各メーカーが特徴を持った鋼種を開発して販売していますので、多くは、メーカー固有の鋼種を使う事になる場合が多いでしょう。

鋼の場合は、材料(材質・化学成分)だけでなく、熱処理が特性を決めてしまいます。それらを含めて、上の( )の特性を考えながら、求める最高品質を持った材料を見つける一つの方法を「冷間加工用工具」に限定して見ていくことにしましょう。

ただ、初めから最高品質の鋼材を探すと言うよりも、よりよい製品にするための考え方を示すという程度の内容だと考えてください。


まずは、用途に応じた充分な硬さが得られること。

工具用材料としては、使用に耐える十分な硬さが出なければなりません。
現実的に話をすすめるために、ここでは、冷間用の工具として広く用いられている基本JIS鋼種「SKD11」をベースにして話をすすめることにします。

この材料SKD11は、いろいろな用途に幅広く使用されていますので、入手も簡単で、価格もリーズナブルで、色々なサイズが流通しています。
SKD11は、大同特殊鋼DC11 日立金属SLD 山陽特殊製鋼QC11 日本高周波鋼業KD11 ・・・ というように、特殊鋼メーカーでは各社ブランドとして販売されて流通しています。また、アメリカの規格名で「D2」という名称や、その他大手外国メーカーのほとんどが、この類似鋼種を製造販売しています。・・・が、各社のカタログ等を見ると、自社の特徴を前面にだして、JIS規格以上の品質で販売されていますので、購入するときも、熱処理するときも、メーカー名で呼ぶ習慣を付けて、混同しないようにしてくださいね。(ただしここでは、一般的に話をしますので、「SKD11」で説明します)

SKD11の標準焼入れ温度は1030℃程度で、普通サイズのものでは、問題なく60HRC以上の硬さが得られます。一昔前(昭和50年ごろ)までは、工具鋼は炭素工具鋼「SK材」、トッコウと呼ばれた「SKS材」が常用されていましたが、今日では、高硬度におけるじん性、耐摩耗性に優れるSKD11が主流になっています。

余談になりますが、基礎項目で説明しましたように(こちら)、C量が0.5%以上であれば、完全に焼入れすれば充分な硬さ(58HRC程度以上)が得られることになっていますが、SKD11は主としてクロム系の炭化物による高い耐摩耗性と、素地(マトリックス)の成分が耐衝撃用鋼として名高いSKD61に近い成分であり、高いじん性が兼ね備わっていることから、冷間工具鋼の基本鋼種として君臨している所以でしょう。
次に、一般の工具類がどれくらいの硬さで使われているのかを見てみましょう。


工具の種類と常用硬さ(一例)

用途と常用硬さの例

常用硬さとは、一般に多く用いられている硬さ範囲ということです。被加工材が軟鋼であれば、その硬さは10HRC以下ですので、その硬さの差が工具となる条件の一つですが、SKD11は熱処理で上表の範囲のほとんどすべてをカバーできます。
また、表の数字をよく見ると、被加工材が厚さや硬さと硬さ範囲が一意になっていない所があったり、逆に薄いもの用に対して硬さが低くなっている個所もあります。身近な実例を見ても、薄板用よりも厚板用を硬さをあげて使用する場合や、上型と下型で硬さを変えたり(この場合は、下型の硬さを低くする場合が多い)・・・といった例にしばしば遭遇しますので、「いい加減な数表」というより、まさしくこれは、使ってみていろいろ工夫されている結果であり、「ノウハウ」が含まれる領域と言ってもよいのかもしれません。できるだけ長く使用できるように、折損せずにできるだけ高い硬さを見つけることが品物の良し悪しを決定すると言えますし、ここに特性の優れた材料を使うという余地が生まれます。


カタログや熱処理技術資料を読む

冷間用工具鋼の特性比較する場合には、この SKD11 が比較対象の基準となっている場合が多いので、まず、SKD11を使うことを基準にして考えると次の段階をイメージしやすいでしょう。

鋼材の技術情報は、メーカーカタログや資料によるのが正確です。それをみると、対象鋼種の優位性を示す色々な数表やグラフが掲載されていますが、この時に、メーカーのPRに流されないように、その本質を読み取ることが大事です。

こちらに、日立金属のSLDの熱処理特性等とその見方について少しだけ説明してありますので、それらを手がかりに材料の特性をつかむとよいでしょう。

材料の特性で最もよくでてくるのが、「耐摩耗性」「じん性(靭性)」という言葉です。耐摩耗性は硬さとの相関があり、また、引張強さ、圧縮強さ などとの相関があります。硬さが高くなれば、通常硬さ範囲では、それらも高い値になるのが一般的です。「じん性」は、衝撃や折損に対する指標で、耐摩耗性を高くすれば靭性が低下するという、逆の相関性があります。この相反する性質は宿命的なものですので、摩耗に強くなるようにすると、折れたり欠けやすくなるので、それを材質でカバーするか熱処理でカバーするかという対策を考えることになります。

「耐摩耗性を高める」ということで考えますと、@硬さを高くする A硬さの高い炭化物を多くする B摩耗特性を考える(例えば、耐熱要素の有無や結晶構造の類似性から成分系を配慮する・・・)というように、鋼材成分と熱処理の両面から対応を考えることになります。しかし、それを推し進めると、じん性の低下につながりますので、それを抑えるために、材料メーカーでは、じん性の低下を抑える対策を取った材料を独自鋼種として販売する・・・という構図で新しい材料をPRしています。

耐摩耗性を追求すると、高炭素高合金になっていって「粉末から製造する」といったように、鋼の領域を超えそうなものまでありますし、また、高硬度でのじん性を高めるためには、炭化物部分を除く素地(マトリックスと呼ばれます)部分の強化のために、合金成分が多くなり、鋼材価格は高価になるだけでなく、加工性が悪くなったりすることや、思いも寄らないトラブルに遭遇する危険性もあります。
それを避けるために、「口コミ」やインターネットの掲示板、鋼材屋さんの情報などもあわせて、メーカーのPR文句に惑わされないように注意することも大切です。

このホームページの各所にも、数表やグラフの独自の見方を示していますので、そちらも参考にしてください。

また、近年は、流通する鋼種やサイズが集約化されて減少する傾向にありますし、熱処理屋さんでも、熱処理パターンが限定化していて、自由が効かないという声も聞かれます。特に、小ロット(小口)品では、思うような製品が作れない場合も懸念されますので、鋼材屋さん、熱処理屋さんに相談できるようなところを探して利用することも大切になってくると思います。


<索引を見る> <このページの上へ> <サイトマップへ>