市販される材料の状態

鋼材の製造過程では、溶湯から大きな鋼塊になったものを鍛造したり圧延して次第に断面を小さくし、最終的な寸法して、空気中で自然冷却されます。

圧延時の温度は高温(例えば850℃程度)ですので、常温に冷却される過程で組成、組織、硬さなども変化していきます。この時、鋼種によっては、硬くなる「焼入れ状態」になって、機械加工できない高い硬さになるものもあります。

機械加工用構造用鋼(S-C材、SCM材など焼入れ性の低い鋼種)では、このままの状態で販売されるものも多く、(これを「アズロール品(AS-ROOL:圧延のまま)」と呼ばれることもあります。

機械加工用構造用鋼は、何らかの品物になるまでに、機械加工後に熱処理をするのですが、硬さなどが高すぎたり、品質を安定させて出荷する必要から、メーカーで、必要な熱処理をされた状態で出荷するものも多いようです。

このときの熱処理としては、「焼きなまし」「焼ならし」「調質」などがあります。
余談ですが、これらの熱処理済み材を、業界用語で、メーカーマルエイ品(焼きなまし品)、メーカーマルエヌ品(焼ならし品)、メーカーマルエッチ品(調質品)などと呼ばれています。未だに、当社の現場では、調質することを「マルエッチする」というような会話が多いのですが、JISの加工記号では、HA・HNR・HQ-HTですので、何の違和感もなく通用しています。

焼きなましは、最も機械加工しやすい状態にするための熱処理、焼ならしと調質は、いすれも組織を均質にするための熱処理で、赤熱温度(オーステナイト化した温度)から空冷するのが「焼ならし」、焼入れして、500℃以上の高温焼戻しをするのが「調質」と呼ばれます。

これらの加熱温度や熱処理後の硬さは、過去にはJIS規格の中に参考で記載されていたことがあり、今でも「JIS硬さ」などと呼ばれて、一つの目安となる数値としてその名残をとどめていますが、出来上がりの硬さは、鋼材の化学成分やサイズで変わりますので、古いJISの硬さを重視することは、好ましくない内容が含まれているということで、現在では、標準的な熱処理方法や熱処理後の硬さなどについては、JISの表示許可を受けている工場では、社内規格で規定するようになっています。

工具などに使用される工具鋼その他の高合金鋼は、普通は、最も柔らかい「焼きなまし」した状態で販売されています。


焼きなまし

圧延や鍛造をして、法令された鋼材は、硬さが高くなっていたり、各部の硬さが不揃いになっています。これをやわらかく、加工しやすい状態にするとともに、組織を均一にする熱処理方法を「焼なまし」とか「焼鈍(しょうどん)」と呼んでいます。(購入した材料を鍛造(または再鍛造)した場合も焼きなましをしておく必要があります)

焼きなましの分類では、これを「完全焼きなまし」といいますが、ナイフなどの工具に用いられる「工具鋼」では、炭化物を球状化させたほうが加工性や熱処理後の機械的性質が良好になることから、そのような焼きなましを「球状化焼なまし」と呼んで区別する場合があります。

そのほかの「焼なまし」としては、変態点以下(例えば700℃)で行う「低温焼きなまし」や「応力除去焼きなまし」と言われるものや、メーカーが鋼塊をつくる際の品質向上のために行う「拡散焼きなまし(ソーキング)」などがありますが、ここでは詳細説明を省略します。

焼なましは、変態点直上の適正な焼なまし温度(800−850℃程度:状態図を参照)に鋼材を保持して、炉の中でゆっくりと冷却します。(冷却速度が大きいと硬くなってしまいます)

通常、合金成分の多い鋼で炭化物をつくる元素が多いものは、特別な処理をしなくても、自然に炭化物が球状化して加工性の良いものになりますが、球状化しにくい鋼や常温になったときの硬さが高くて加工しにくいものは、冷却速度を制御するだけでは軟化しない場合もあって、特別な温度サイクルでそれを球状化させたり、低温焼戻しなどを併用したり、2回の焼なましを実施する場合もあります。


焼きなましにおける問題点

硬さの問題と、組織異常に関する問題があげられます。

1. 表面の変質

鋼を高温で加熱する場合は、その加熱雰囲気の影響を受けて表面が変質します。

鍛造や圧延時にはその表面の変質部分が酸化スケールとなってほとんどが加工途中に脱落しますが、長時間加熱をする「焼なまし」後にそのまま製品となる品物は、変質を避けるための雰囲気調節をしなければ、表面に酸化スケールが固着して残ったり、合金成分が失われて品物が変質します。(酸化にともなって、炭素が失われることを「脱炭(だったん)」といいます)

焼きなまし時の脱炭があれば、後工程での「焼入れ」によって十分な硬さが入リませんし、焼入れ加熱時の脱炭は表面硬さが出ないだけでなく、焼き割れ(焼入れした時に割れること)が発生しやすくなります。

メーカーではこの「脱炭」の最大量を規定しており、焼入れ前の機械加工でそれを除去した後に焼き入れすることが重要ですので、材料を購入するときにそれを意識する必要があります。

日立金属(株)の例では、たとえば厚さ1/2インチ以下の圧延材の最小削り代(けずりしろ)は0.4mmとしていることから、それに曲りの許容量や、熱処理後の曲りを加えた仕上げ代(しあげしろ)を加えると、製品厚さに対して最低でも1.5-2mm程度以上厚い鋼材を購入する必要があります。(ナイフ用の材料は研磨仕上げをして販売されているものがありますが、この場合は「脱炭」などの変質層は除去されていると考えていいでしょう)

脱炭の許容量や仕上げ代は、鋼材を購入するところで聞けば教えてもらえますが、適寸がない場合も多いので、厚めの材料を購入しなくてはならない場合もありますので、事前に問い合わせすることも大切です。


2. 焼なまし不良

焼なまし不良は、機械加工中に硬さムラによる表面状態の変化や曲りとなって現れることがあります。

また、熱処理前にそれらの不具合が残っていると、極端な場合は、焼入れしたときに歪(焼入れ後の曲り)となって、製品に仕上げられないなどの、取り返しのつかないことになる場合もあります。 

しかし、メーカーの材料を直接加工する場合は、経験的にいうと、問題になるようなことはありません。 

もしも加工中に極端な曲りが出てきたり、硬くて削りにくい場合は、焼なましの不良を疑い、硬さ測定などをして不良の原因を確かめる必要もありますが、鋼材独自の焼なまし硬さが高い鋼種では、どうしようもない場合もありますので、鋼材を選択する場合は次項の「焼なまし硬さと加工性」の関係を参考にしてください。


焼なまし硬さ

メーカーや熱処理工場では、鋼種ごとに、焼なましした材料の硬さを規定しています。 
通常はブリネル硬さ(HB)で表示されています。

一般的に、機械加工しやすい鋼材硬さは 150-180HB程度と言われますが、この硬さは一般部品に使われる構造用鋼などのもので、工具やナイフ用の材料はこれ以上の硬さのものが多く、一般鋼材に比べて加工しにくいと言われるゆえんです。

特に粉末から製造されるような、通常では製造しにくい鋼は、硬くて加工しにくいものが多いと考えたほうがいいでしょう。(「粉末」にたいして、通常の鋼を「溶製(ようせい)」という言い方をされることかあります)

たとえば、日立金属(株)の硬さ規格をみますと、炭素鋼系の青紙では229HB以下とありますので比較的加工しやすい値ですが、ダイス鋼のSLDでは248以下、ステンレス系のSUS440CやATS34などは272HB以下、ZDP189では321HB以下となっていて、それが高くなっています。

250HBをこえると「機械加工がやりにくい」という感じになりますし、300HB以上のものは、かなり硬い状態だということがわかります。

(【おことわり】 硬さの表記法はJISで定められていますが、250HBという表示のしかたではなく、従来からの HB250 と表記されている場合も多く、このHPでも統一されていません)


その他の熱処理について

工具や刃物などで最も重要な熱処理、「焼入れ焼戻し」については、別に詳しく説明します。
ここでは、それ以外の熱処理についてのポイントなどについて、少し説明します。

1. 深冷処理

「サブゼロ処理」「クライオ処理」を言いますが、鉄鋼の場合は、これだけで処理をすることはなく、焼入れ焼戻しに付随する処理として行いますので、そちらで説明しています。

サブゼロは、概ね、液化炭酸ガスやドライアイス温度の、零下80℃程度までを、クライオ処理は、それ以下の液体窒素温度の零下180℃程度までの温度をさすことが多いようです。

これらの装置は、「冷やし嵌め(ひやしばめ)」などにも利用されます。
また、近年、オーディオの分野などで、クライオ処理の記事を目にしますが、このような利用も同じ装置を利用できます。


2. 表面処理

機械工具類においては、しばしば、装飾・表面硬化などの表面処理・表面改質などを最終工程で実施される場合があります。 

表面処理の種類としては、「メッキ」「溶射」「ライニング」「コーティング」「塗装・転写・スタンプ」「化成処理」「表面硬化」「チッカ処理」 その他 ・・・ などがあり、それ以上に細かく分類されていたり、固有の処理名がつけられることも多いために、処理の内容さえも不明瞭なものも多く存在します。

このために、通常の「機械加工〜熱処理〜研削等仕上げ加工」以外の表面処理工程を追加する場合は、その依頼先と工程について打ち合わせし、問題が生じないようにする必要があります。

製品に対して最も影響の大きな要素は処理の際の「雰囲気と温度」です。 表面処理等の際に熱処理の焼戻し温度を越えて処理されるものは、焼戻し温度を上げたときと同じような問題(組織変化・硬さ変化・寸法変化)が生じます。 このために、どの工程の時点で処理をするのか、その処理は何℃で行うのか・・・などを打ち合わせして特に変寸や変形に配慮する必要があります。

また、表面の色や肌の仕上がり、寸法の増減、変形の度合いなどについても、見本を見て確認するなど、予備知識を持つことが必要です。

CVD処理と呼ばれる処理の中には、熱処理を兼ねて焼入れ温度に近い高温で処理されるものがあります。この場合は、仕上げの研磨加工などができないので、やはりその工程を事前に検討する必要があります。

窒化処理とよばれる、鋼に窒素を拡散させ、チッ化化合物の高い硬さで耐摩耗性をつける処理および、それと同時に、その他の特性を持った元素やその化合物を表面に付着させる複合処理、あるいはPVDとよばれる、チタン化合物などの耐摩耗性を高める処理・・・など、近年は様々な表面処理が開発されています。 しかし、これらはの処理温度が500℃前後のものが多いために、その処理温度や仕上がり状態に注意しておかなければなりません。

温度の影響のないものについては大きな問題はないと考えられますが、電解によるメッキなどをする場合には、処理中の昇温はありませんが、水素脆性に配慮したベイキング処理(水素飛ばし)などを必要とする場合があります。もちろん、その温度が焼戻し温度を超えないようにすることが必要です。

このように特殊な表面処理や表面改質をする場合は、熱に伴う変化を考慮して、材料選定時からの検討が必要な場合も出てくるということに留意ください。


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